秘境、ラオスを走る6日間の旅、それは心から“最幸”な日々だった。
by・Tokiko Matsushita


 
FRM2015.3/5発売号 Vol.57 掲載の「So Many Happy day」に、加筆修正と写真追加をほどこした最新版です(2017.11)
 
私がこの旅に参加するきっかけとなったのは、バイク仲間のオーツカさんから送られてきた、件名「ラオスに行きません? ニヤリッ」のメールだった。
そのときの私は「ラオスって森林地帯に住む少数民族が暮らす国だよね?」と、ラオスに関する認識はそれくらいのものだった。
だけど「ラオスの道は日本の林道をこよなく愛する松下さんなら狂喜乱舞だと思いますよ……」そんな魅惑的なメールと、何よりも愉快な参加メンバーに突き動かされラオス行きを決定したのだ


 DAY1・ルアンパバーン
参加メンバーは、小栗さん(小栗伸幸)、ニ
シオさん(西尾実)、オーツカさん(大塚正樹)、ゴーさん(小野寺剛)、そして私。
実は、9月の雨季にオーツカさん、ニシオさん、ゴーさんの3名でラオスツーリングに行き、雨季がとっても楽しかったから乾季はもっと楽しいんじゃないの! ということで、3ヶ月の短いスパンで乾季のラオスを味わいに行くのである。

《Photo/model.tokiko matsushita》
私たちの旅は、首都のビエンチャンと並び、旅行者に人気のルアンパバーンから始まった。
日本からラオスへは今のところ直行便はなく、羽田からタイ経由でラオスのルアンパバーンへ入国。そこは山間部にあるメコン川とカーン川が交わる町。
14世紀にはラーンサーン王国として栄え、現在でも多くの王宮や仏教寺院など歴史的建造物が残る世界遺産の町だ。
私は、とても落ち着いた町の雰囲気に初日からリラックスしていた。


 8日間28万円の夢

今回の旅は観光地を巡るパッケージツアーではない。
代理店を通してのツアーではないので、全て自分たちで手配をした。

《Photo/人が少なくて、開放的なラオスのルアンパバーン国際航空
各自がネットで航空チケット約10万5千円を購入。
(今回ラオスへの航空料金だが、フライト数も多い日本とバンコク間は往復約7万5千円。バンコクとラオス間は往復約3万円。料金も比較的安くラオスへ行けるのだ)
ニシオさんがネットで調べて、ツーリングの前後に泊まる安くていい宿、1泊約4500円。
それと、ラオスのツアー会社に連絡をして、5日間のレンタルバイク・先導をしてくれるガイド1名・ツーリング中の食事代・宿泊代・ガソリン代込で1人約7万円の予約をしてくれた。
自分たちで組んだツーリングだから、とにかく格安だった。
格安にはこだわったが、「オフロードを楽しむ」ことを大重要視するために、ブロックタイヤと(パンクをしにくい)ヘビーチューブはラオスに持ち込んで付け替えよう」という意見も一致。日本を発つ前に、それもニシオさんがタイの知り合いに頼みラオスに輸送してくれた。送料込みで約3万円。そのほかにタイでの観光やマッサージ2回、ツーリング以外の飲食代に打ち上げもして、8日間で約28万円。この金額で夢のような楽しい旅ができてしまったのだ。

 マーケットへ、いざ!
ルアンパバーンの空港には、今回の旅で先導をしてくれるガイドのニャイが来てくれて車でホテルへ。

この日は、明日から始まるツーリングに備え、ツアー会社の店先でバイク整備をする。
私が乗るヤマハTTR250のローダウンを仲間たちがしてくれた。おかげで車高が3㎝下がり、シートからお尻をずらすと片足のつま先が着くようになった。とても感謝なのだ。
整備が終わるとラオスで有名な夜市に行く。


《Photo/ナイトマーケット。戦渦に巻き込まれたラオス。不発弾のスクラップ回収で作られたスプーンやお箸などの販売もしていた。木製のお箸もいろいろあって、模様や装飾がほどこされた綺麗なデザインのもので1膳100円ほど

シーサワンウォン通りは歩行者天国となり、一大ナイトマーケットに変身。観光客で溢れている。私はここで貝殻が施された木製のお箸10膳と、紙すきのランプシェードを買った。
そのまま、明日から始まるツーリングの前祝に繰り出す。太古から流れるメコン川を一望する、雰囲気のいいオープンエアレストランでビアラオを飲み、(トート・キャットという)ラオスではご馳走のカエルの唐揚げ料理などをシェアした。


《Photo/ラオスの主食はもち米。もち米でできた甘いスイーツまである。ちょっと高級なレストランでは赤米がでてくる。左手でつまみ、少しこねるようにして丸めて食べる》

《Photo/後明日から始まるツーリングの前祝で食べたカエル料理

こうして、いよいよ明日からラオス北部を思う存分オフロードバイクで5日間旅をする。3日目は、休息日なので実質4日間走る予定だ。そして珍しい食べ物も食することになる!

 DAY2・ルアンパバーン→ムアンゴイ
ラオスに着いた翌朝、鶏の鳴き声で目が覚めた。夜明けがやってきたのだ。
ホテルの周辺を散歩する。しばらくすると、市民が路上に座り始めた。

《Photo/毎朝日の出とともに始まる托鉢。僧侶の列がお寺周辺を中心に町中を歩く》
やがてオレンジ色の袈裟をまとった僧侶が喜捨を求めて練り歩く托鉢が始まる。
ラオスで1番規模が大きい托鉢がここルアンパバーンだそうだ。托鉢で得た食料を恵まれない子供へ再分配している光景もあって穏やかな気持ちになっていると、子供の僧侶たちと目が合い、ニヤッとする仕草が微笑ましかった。
朝食をホテルのテラスで食べた後、オフロードの準備をしてツアー会社まで歩く。
すでに起床して4時間、自分が主婦である記憶も忘れるくらいにのんびりと時間が過ぎていた。

8時過ぎ、バイクに荷物を積む。
日本の本州ほどの国土を持ち、その約70%が高原や山岳地帯というラオス。大自然を走る冒険のスタートだ。先導のニャイ、私、オーツカさん、ニシオさん、小栗さん、そして写真撮影担当のゴーさんの順番でナムカーン川を渡り、ルアンパバーンを後にする。
ついに来たこの時が! 気持ちはハイ!


目指すは、ノーンキャウからナムール川をさらに遡った所にあるムアンゴイ。
まずはガソリンを補給し国道13号線を北へ、幅の広い2505号線に入ると日本の田舎に似た、緑豊な山々や田園の織りなす風景が広がる。すぐにダートロードが始まりダートトラックのような平らな路面が目の前に突き抜ける。コーナーも滑らかで、日本では経験できない夢のような場所だ! テンションが上がらないわけがない。


山間になり砂埃が舞う中、東へと山を越えていく。30分も走ればゴーグル跡がクッキリと残るほど全身に砂をかぶった。「これが雨季にはツルツルで、上がりなんかズルズルでチョー大変」と、雨季にツーリンをした3人がマディをまさにパラダイスかのようにニヤリと笑う。私は思わず、笑った。

2505号線を道なりに走り〝very steep road" と言われる稜線を走る道へ。
相変わらず先導者のニャイ以外は砂埃の中、後方車になるほど車間を取らないと何も見えない。
標高1000mを越えると左手は断崖絶壁になり、崖下へ続く青空と広大な山並みを見渡す別天地が待っていた。山を登りきったあたりで私たちはバイクを止め、最高の景観を楽しんだ。
やがて国道1号線に出て左折。しばらく走り、村の市場でランチ。新鮮な野菜や、魚の中に香草などを入れ発酵させた食べ物もあって鼻にツンとくる。



《Photo/バナナの葉で包まれた魚の中に、パクチーと唐辛子を詰めて麹で発酵させたもの。生臭い強烈な匂いで、口の中が凄いことに

ここでヌードルの「フー(feu)」を食べる。ベトナムのフォーやタイのクイッティアオのような米粉の麺と同じだけど、フーはコシがなく細い。スープの味は薄い。その中に半生の白菜とパクチーと少しの牛肉が入っている。これに、誰も食べなかったが(5人分の)トッピング用のパクチーとパセリがドサッとザルに盛られて、日本円で1人前80円くらい。空腹感は満たされ幸せだ。

村を後に、ラオスの山並みを眺めながら稜線をひたすら走る。ロケーションは抜群だ。
日が落ちる少し前に、宿泊地であるムアンゴイに着いた。ナムウー川に沿う200メートルほどのメインストリートで成り立つ小さな村だ。私たちはバイクで来たけれど、川でしかアクセスできないと言われている秘境的なイメージがとくに欧米人に人気らしい。
この村にはホテルはなく、宿泊施設はゲストハウスのみ。私たちも木々に囲まれた野趣あふれる素朴なゲストハウスに泊まる(
ムアンゴイの一番奥に建つNing Nign Guest House。1泊100000kip日本円で約1000円)。

部屋には裸電球が1個、トイレと水量が細々のシャワー、そして天井には扇風機があり広さは充分。
まずはシャワーを細々浴びて、埃まみれのウェアをシャワーで洗濯する。それを干し終わるころ、対岸の山に陽が落ちた。
ラオスでは豊富な水資源と高低差を利用して水力発電による電力需要を満たしている。このムアンゴイも川のダムで電力を生みだし、電気は夜の数時間だけ通じている。
暗闇に光る星は、夜空に白銀のビーズをまき散らしたような輝きだった。そんな星空を眺め、ナムウー川沿いのテラスレストランで仲間と焚き火を囲みビオラオを飲んだ。

 DAY3・ムアンゴイ→ムアンクア
今日も鶏の鳴き声で目が覚める。外に出ると、深い森とウー川が生み出してくれる朝の清らかな空気が身体にいきわたる。
鶏やアヒルは放し飼いで、子供たちはケンケンパーや、(薬莢に鶏の羽をさして作った)羽と長方形の木の板で羽根付きをして遊んでいる。どこか昭和の面影がある長閑な風情がいい。

《Photo/砲弾の残骸を門や塀に活用している。ベトナム戦争のしこりを残しつつも、暮らしに暖かいものを感じた
ムアンゴイでは夜明けとともに朝市が始まった。焼きたての甘く香ばしいパンの匂いに誘われると……道路の両端にテーブルが並び、観光客用のオムレツや香草料理など。ほかにも食材や日用品もある。商店も見かけないこの界隈で、朝市は物資調達ができる場所だ。


《Photo/文様を組み合わせ織られた生地は、身につけることで幸運を招き、身を守ると伝えられ、伝説上の動物シホーやシャーマンなどが織り込まれている》


私たちは昨夜宴会をしたレストランで焼きたてのカオ・チー(パン)を食べた。昔ながらの釜で焼くカオ・チーは、フランス領だったのでクオリティが高く美味しいのだ! テラスにあるテーブルからナムウー川に行き来する船も見える。ここでも川は、幹線道路の役目も果たしていて、物資や人間も輸送している。

出発の時間になりバイクに跨る。この日はメインストリートで開かれる朝市の間を縫ってのスタートだ。ワットオカート寺院の横を通り、朝霧が立ちこめる船着場へ。フカフカの砂浜にバイクを止め、川に浮かぶエンジンボートのギリギリまでバイクを押す。
山岳が多く川の流れが急なラオスでは、川を斜めに渡って乗客を運ぶ。渡船が主流で船体は長細い木製。後部には巨大なエンジンが剥き出しで搭載され、スクリューを回転させるというシンプルな構造だ。


この笹の葉のようなボートに、荷物を積んだままのバイクを交互に倒して積むのだ。 初めて目にする一連の情景にワクワクしないはずがなく、耳をつんざくエンジン音が響くと皆のテンションはさらに上がった!
輸送路とは逆方向に進路をとり、3艘のボートでナムウー川クルーズが始まった。幻想的な風景が水面を渡る風と共にゆったりと流れてゆく。空は白み、山々には淡く霧が立ちこめ水墨画のようだ。
20分ほどで崖の上に密林が広がるナムウー川の対岸へ。

船着場には見えない川の浅瀬でエンジンを切る。ボートから水上へバイクを下ろし、ブーツもモトパンも脱いで崖下まで押し、山肌の急斜面を体格のいいゴーさんとニャイの2人で勢いを付け押し上げるという流れになった。

崖の上にバイクを上げ終わると、バイクがやっと通る幅の崖っぷちを走る。左に倒れたら落ちてナムール川へリバースだったが、皆無事に村へたどり着いた。

その後も小さな村を経由する。最高標高1731mの登山道のような道を走り、標高を上げた尾根で、木々に覆われた谷筋と遥か遠くまでの山並みを一望。まさに絶景だ。



途中には5~6mほどの短い川を3回渡る。乾季だからラクに渡れる川だが、雨季だと流れが早く、バイクのエンジンを止めて皆で押して渡ったらしい。3回目の川を渡ると高床式の民家と高床式の東屋があって、ここで休憩。高床式は雨季の洪水対策にはベストだろうし、暑さもしのげ、見た目にも涼しげなのがいい!
でもレストランや昨夜の宿もそうだったけど、床が抜けそうで、倒れそうなアバウトな作りがラオス風だ。
ここから再び密林の中を2時間ほど走る。

ナムウー川と国道1号のジャンクションに位置するノーンキャウの町に出た。峡谷が素晴らしいナムウー川には近代的な大きい橋が架かっていて、密林を走ってきた私たちは、この橋が見えた瞬間ホッとした。

橋からは船着場が見えた。観光客の移動手段はこのボートとバスだが、(ボートは、チャーターは別として)一定数の乗客が集まらないと出発しないそうだ。その点、私たちはオフロードバイクだから自由に移動ができる。サイコーじゃないか!
ガソリンを給油し再び一般道のダートへ。1時間走り、ランチは学校の前のお店でインスタントラーメンを買って、お店の炊事場を借りて作ってくれた。

《Photo/竹を燃やしてお湯を沸かし、具材や器も足元に置かれているここが炊事場

食べ終わり、小栗さんが校庭の前でウイリーをすると、校内の学生たちが飛んできて、突然現れたスーパーヒーローに歓声を上げる!
学校を後に再び森林地帯へ。1760mの峠を越え2時間走り、壊れそうな長さ25mくらいのバンブーブリッチを1台ずつ渡ると、少数民族が住む村に着いた。


村の子供たちは駆け寄り、私たちの周りには人 人 人! 笑顔満開だ。
ここからはひたすら4時間ダートを走り、この日のゴール、ムアンクアに。町で唯一のホテル「スーンナリーホテル」に泊まる。まずは汗と埃を落とす。シャワー中に館内が停電すると言うハプニングもあったが、チョロチョロ流れでるホットシャワーを順番で浴びた。
夜はお菓子とビアラオを買って宴会。明日は休息日だ!

 DAY4・ムアンクア
夜明けとともに起床。ラオス人と同じように、太陽のリズムにあわせて生活をするのはとても気持ちがいい。
私たちがツーリングをスタートしたこの3日間、宿泊地は川沿いにあった。夜明けがやってくると水面を黄金の光が照らし、時間とともに川霧が漂い神聖な朝を迎えることができた。

ムアンクアは貿易の中継点であり、ナムウー川とベトナムに抜ける国道4号線が交差する交通の要衝。小さな町だが市場と数軒の宿はある。今日は皆で休息日を楽しむ予定だったが、ここ2日間は砂埃が凄いルートだったので、ニシオさんとゴーさんが快適に走行できる新ルートの下見に行き、小栗さんとオーツカさんと私の3人はムアンクアの観光を楽しむことになった。
2人を見送った後、町の中心にある市場に行く。東南アジアの雑踏感を感させる市場には、周辺の村からも美しいヘッドドレスを高く結い上げた髪の少数民族の女性たちも買い出しに訪れていた。ちょっと緊張気味な表情で街を歩く姿が微笑ましい。

市場には、野菜、魚、肉、のほかにも珍しいお惣菜に、コウモリやネズミや虫などの食材も並ぶ。日用雑貨は中国やタイ製品が無造作に積まれ、伝統の文化も変わりつつあるようだ。


Photo/森には竹や動物、川には魚、畑で野菜を育て、ご飯も薪で炊く。きっと必死でお金を稼がなくってもいいのだ。ボウルの中は菜っ葉、コリアンダー、唐辛子……など、パクチー独特な香り》

市場を後に路地を歩きナムウー川へ。対岸はベトナムとラオスを繋ぐバスの停留場らしく、対岸に渡る舟が往来し、水浴びや洗濯や洗車もしていて、その光景をのんびりと眺める。とくに見所はないので吊り橋を渡りに行き、途中でパクチー入りのゆで卵や、コウモリだかネズミだか分からない黒い串焼きを頬張る。興味しんしんで頬張ってはみたが、タイヤのチューブを噛んでいる感触で、飲み込むのはムリだった。
町中を半日プラプラしてホテルに戻った。
ニシオさんとゴーさんもしばらくして、(ラオスの焼酎)ラオラーオをお土産にホテルへ戻ってきた。

夜はニャイの知り合いの家で、ラオスの伝統的なパーシー(儀式)を体験することになった。
裸電球1個、うす暗い部屋でお菓子やバナナが飾られた祭壇をみんなで囲むと、突然お父さんがお経のような何かを唱え始め……しだいに不安感に襲われていく。


だが、不安はしばらくすると解消した。ラオスのシャーマンに来客である私たちの健康と旅の安全を唱えてくれたそうだ。それは、ラオスの日常生活に存在する精霊信仰の体験だった。その流れでリアルなラオスフードをご馳走になると、私は心が潤うのを感じた
ラオスには、人との繋がりを大切にする精神が受け継がれていたのだ。
ホテルに戻ると、ニシオさんとゴーさんはルートの下見中で可愛い女性に出会ったらしく、夜はラオ・ラーオを浴び、その話で盛り上がった。でも、翌朝には誰もどんな話をしたのか覚えていなかった(笑)。


DAY5・ムアンクア→ムアンブンタイ

朝は朝食を食べに、ナムウー川沿いにあるレストランに行った。高床式で歩くとたわむ床板の隙間からは100mくらい下の地面が見える。まえにも出てきたが、ちょっとスリリングでアバウトな感じがラオスらしいのだ。美味しいカオ・チーと目玉焼きがテーブルへ。目玉焼きをスプーンで崩してパンにつけるのがラオス風。

ナムウー川を眺めながら食べていると、対岸の山肌に大きな木材を運ぶトラックが見えた。中国経済が好景気な影響も大きいようで、伝統的な焼き畑をやめゴムの木などの産業植林が拡大し、人びとの生活も変わりはじめているようだ。のんびりと朝食を食べて出発。ホテルを出るとすぐにダート。仲間が見つけてきてくれたルートへ向かう。

国道2E号線から離れ、まずは昨日見かけたバイク修理店へ行く。工具を借りてバイク6台のまし締めをする。
ここからすぐに山道へ入った。山を縫うようにワインディングを繰り返す。日本の林道に似たような風景だが、異なるのはダートが切れるまでが長いことだ。稜線に出ると、まさに飛ばしたいだけ飛ばせる。雨季だと滑って苦労するルートも、30分ほど走り再び国道2号線に出る。

途中の村で給油。村のスタンドは価格が高いので、町にたどり着けるくらいの量だけ給油する。でも、かき氷のいちごの蜜と同じ色のガソリンにちょっと戸惑う。
やがて国道沿いにあるラオラーオ酒造所へ。昨日のお土産はここで買ったんだって。
気軽に酒造りを見せてくれた。


酒造所とはいっても屋根しかなく、ドラム缶と黒いバケツが地面に並んでいるだけ。もち米をフタ付きの黒いバケツに入れて発酵させてドラム缶で蒸留するそうだ。
日本のような伝統や設備といった酒蔵のイメージとは遠く、何げに楽しい!


少しずつ標高をあげ山岳地帯に入っていく。途中の人気のない山岳で、沢山の竹を背負い歩く子供とすれ違うこともあった。


いくつかの村を通過し、その度に無邪気な子供たちが走行中の私たちに、ハイタッチに駆け寄る。
昨日市場で見かけた衣装の刺繍が鮮やかな女性たちもいる。村では豚も鶏もみんなわがもの顔で村の中を歩きまわっている。人と動物が一緒に暮らしているのだ。



この日は川渡りも多かった。順調に北上し、中国とベトナムの国境と接しているポンサーリー県のムアンブンタイに入る。ポンサーリーはラオスと中国間で木材輸出や工業製品の輸入が活発に行われている
ただ、その代償として多くの面積が伐採されているのも現実で、刈り取られた山肌が目に付く。
ホテルに着く頃にはすっかり日が落ちていた。日没とともにお店も閉まるから、途中の食堂でフーを食べる。店の前を中国ナンバーの車が何台も通り産業の要所を感じさせるが、交通インフラ整備は遅れていてダートだ。
今日はポンサーリーで2階建てのホテルに泊まる。いよいよ明日は、ルアンパバーンに戻る。ラストランだ!

DAY6・ムアンブンタイ→終着点、ルアンパバーン
ラオス北部をバイクで旅して、とても不思議に思えたことがあった! 
近隣諸国にくらべると経済的には貧しいはずなのに、人びとは微笑みのんびりとしている。その答えがあくまで私の思想だけど見えてきた。森には竹や動物、川には魚、畑で野菜を育て、主食のモチ米も薪で炊く。生活はこの豊な自然に支えられ、自給自足で食料は豊富。だから日々の生活に焦りが全く見えないし、今を生き、今あるもので足りている。必死でお金を稼がなくてもいいのだ。
ラストランとなった今日も森林に囲まれた山岳地帯を走っている。タイトに曲がりくねった赤土でツルツルの路面と、砂煙が舞う道が続く。

町で普通に見かける沢山の布団を積んだバイクに、山岳のコーナーですれ違い、ハッとしたこともあった。でもなんてことはない、ラオスでは一般道だ。

そして頂上へ導く沢上りをしたり……。
国道13号線の舗装路に出ると、ニャイがダートはこれで終わりだと告げた。
ラオスのダートを仲間たちと味わえた嬉しさとよく分からない快感に、笑いが止まらなかった。
目の前には山道の途中にあるラオス版「道の駅」といった感じのお店があった。
旬の野菜に山菜、カエルや獣鳥肉のイタチやリス。日本では天然記念物のヤマネコに似たネコ科の動物も並んでいる。ムアンクア市場でもコウモリやネズミの日干しを初めて目にしたときは、かなりひいた私も、今ではその町の自然や食習慣が見えて面白くなっていた。ここではウドムサイ県の自然の恵みが並んでいる。
「何がいい?」と言うニャイに、木の実を選んだ。油分豊富な味で……むせちゃった。

ここからは舗装路を200kmほど走るそうだ。景色が右へ左へ傾く山道の国道13号線を2時間ひたすら南下し、13時半にウドムサイの中心地へ。この町も交通の要衝で、中国国境へ北上する国道1号とベトナムへ抜ける道が交わっている。中国との貿易の拠点であり漢字の看板も多く、ルアンパバーンよりも道幅広いメインストリートにはホテルやレストランが建ち並ぶ。

ランチはこの街のカンニャ・レストランで、ラオス料理とタイ料理のスープや麺や炒め物をシェアした。ツーリング中の食事はフーが定番だったこともあり、ボリュームあり、パンチあり、味ヨシのご馳走に大満足だ!
テンションも上がり、ルアンパパーンまで5時間ほどの道のりを、明るいうちにゴールを目指し飛ばす。結局パンクしたりで陽が沈み、猛烈に明るいライトを持つホンダXR250BAJA2台を最後尾と真中にしてルアンパバーンへ向かった。


幾つもの村を通り山岳地帯を走る。
旅はもうすぐ終わりを迎え、この5日間のシーンが脳裏に浮かんでは消えていく。
子供たちは土と鼻水にまみれ走り回り、田んぼで実りの収穫をする人びと、どことなく日本の原風景に似た景色も沢山あった。私たちが村を通過するたびに大きく手を振ってきて、今目の前にあるものに喜びを感じ素朴に暮らす人たちだった。政治経済の関心よりも、宗教や先祖や友人や家族との関係を大切にし……シャーマンへのお祈りもしてくれた。そんなラオスの人たちと触れあい、暖かい気持ちに包まれた!
そして、ちょっとの難所を助け合い、笑い合い、仲間たちのおかげで味わえた楽しかったことを思い浮かべながら走った。

こうしてツーリングの終着点であるルアンパバーンへ入る。メインストリートは店の灯りでキラキラと明るく、人で溢れている。賑やかな人並みをかき分け、ツアー会社の店頭へゴーーーーール! 6日間の旅は終わった。いっぱいの感動で歓喜の声をあげた。

翌日は、ルアンパバーンからタイへ飛んだ。ニシオさんは、仕事でタイに来る機会が多く、タイをよく知りタイ語もOK。ショッピングから食事、観光までのガイドを全てお任せする。まる1日、バンコク最古の寺院ワットボーや黄金に輝く涅槃仏など見学し、タイ式マッサージで体をほぐし、夜のタイも楽しんで日本へ帰国した。

成田空港に着くと私たちは、「じゃーまた!」と言って別れた。それぞれが日常に戻っていく。
でもきっと皆思っている。またどこかの国で旅を楽しむのだと! 〝最幸”の仲間たちと最高に楽しい乗り物、オフロードバイクに乗ってね!

 
 

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